天然キャラの滝沢カレン。高校や生い立ちなど、母はガン、父は?

テレビ

テレビでは「天然ボケ」の「おバカキャラ」で通してきた滝沢カレンさんですが、2019年7月、最愛のお母様をがんで亡くされています。享年56歳でした。

しかし、滝沢カレンさんは、周りの方々やスタッフ関係者に、心配をかけまいとその後も気丈にふるまっていて、芯の強いところを見せています。

今回はそんな、周囲の言動に振り回されず、己の信じるところへ突き進もうとする滝沢カレンさんについて探っていこうと思います。

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滝沢 カレンさんのプロフィール

名前:滝沢カレン(たきざわかれん)
生年月日:1992年5月13日
出身地:東京都
職業:ファッションモデル、タレント
所属:スターダストプロモーション
血液型:AB型
出身高校:日出高校の芸能コース

日出高校は、2019年4月からは校名を変更し「目黒日本大学附属高等学校」となっています。

住所は 東京都目黒区目黒1丁目6−15で、目黒駅から徒歩10分に位置しており、芸能事務所のホリプロからは徒歩5分圏内ということで、ホリプロの芸能人たちからも人気の高校です。

ちなみにに滝沢カレンさんは2011年の卒業生で同級生には、

深澤辰哉(ジャニーズ)
剛力彩芽(女優)
染谷将太(俳優)
真田佑馬(ジャニーズ)
などがいます。

小学生当時は身長が168cmあったために、ダース・ベイダー というあだ名を付けられいじめの対象になっていた滝沢カレンさん。現在では、そのすらりとしたスタイルでモデルからテレビタレントまで幅広く活躍できることとなりました。

中学生の時、渋谷でスカウトされて、モデルとして芸能界入りを果たすと、2008年「ミスセブンティーン2008」でグランプリを獲得。2011年『JJ』の専属モデルとなります。

2019年『JJ』の専属モデルを卒業したあとは、2020年に雑誌『Oggi』の専属モデルとなります。


また、女優としても活動しており、2009年公開の映画『ROOKIES-卒業-』で役者デビューを果たすと、2010年公開の映画『マリア様がみてる』では、初めて主要人物の役を演じました。

そして、2019年には『G線上のあなたと私』(TBS)で連続ドラマ初レギュラー出演も叶えています。

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バラエティ番組で大ブレイク

2015年6月放送の『踊る!さんま御殿!!』に出演した際に、生まれも育ちも日本なのに日本語が苦手というキャラクターで注目を集めた滝沢カレンさん。

独特な日本語が「じわじわくる」「クセになる」など視聴者からの大反響を呼び、ブレイクを果たしました。

その後も、たぐいまれな才能を発揮して、共演者や番組関係者に、かわいがられて継続的にテレビ出演しています。

最近のドラマ出演作品としては、

G線上のあなたと私(2019年、TBS)

あのコの夢を見たんです。第9話特別編「夢のその先」(2020年、テレビ東京)

逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!(2021年、TBS)

などがあります。

また、滝沢カレンの四字熟語と題して、かねてより独自の語彙力が話題を呼んでいるようで、嵐のメンバーにあだ名を付けています。

二宮和也「趣味在宅」

相葉雅紀「馬鹿脱皮」

大野智「海釣地蔵」

櫻井翔「服装迷走」

松本潤「俺松本潤」としたことで、的を得ていると話題になりました。


日本人離れした顔立ちの滝沢カレンさんは、どう見ても純粋の日本人ではないように見えますがやはりハーフみたいで、父親はウクライナ人で母親は日本人だそうです。

しかし、滝沢カレンさんが産まれる前に夫婦は離婚しており、彼女自身は父親に会ったことがないとのこと・・・。

滝沢カレンさんの家族について

父親について調べましたが、ウクライナ人であるということ以外、詳しい情報は見つかりませんでした。

お母様は、元バレリーナということで、幼い頃からバレエに強い関心を持っていて、親の反対を押し切り自分でお小遣いを貯めて近所のバレエ教室に通っていました。

バレエをもっと突き詰めたいという思いからロシア語を勉強し始め、高校卒業後にロシアに留学し、バレエで生きていくことができました。

癌で亡くなる前までは、バレエスタジオのオーナーとしてロシア人のダンサーと一緒に日本のバレエの架け橋となる役割を果たしていました。

お母様はロシア語の通訳もしていたようで、お母様の仕事場に来るロシア人たちと幼い頃に片言の日本語で会話をしていた影響で、日本育ちにも関わらず日本語が変になってしまったと滝沢カレンさん本人は語っています。

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最後に一言

ウクライナ人の父親と日本人の母親の間にいわゆるハーフとして生まれてきた滝沢カレンさんは彼女の幼少期に両親が離婚し、母子家庭で育ってきました。

そんなこともあり、母娘の結び付きは強く、母親が亡くなる直前までふたりは同じマンションに住んでいました。

最愛の母親の死を胸にしまい込み、テレビでは「天然ボケ」の「おバカキャラ」で通してきたのですが、滝沢カレンさんの母親は、医者嫌いだったみたいで末期のがんだと分かったのは亡くなる1年位前、その時点ではもう手遅れだったそうです。

余命が長くないと悟った母娘は、まだ母親の体が動くうちに、ふたりで一緒に旅行に行ったりして楽しい思い出をたくさん作っていたそうです。

そんな滝沢カレンさん、これからも体には十分、気を付けてお茶の間を笑いの渦に、巻き込んでください!がんばれー

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