木下ほうかの生い立ち。吉本新喜劇出身も「イヤミ課長」が骨髄提供!

俳優

個性的な役柄で、数多くのドラマや映画、バラエティー番組で幅広く活躍する人気俳優の木下ほうかさんですが、皆さんはご存じでしょうか?

木下ほうかさんは大阪芸術大学を卒業した後に、吉本新喜劇の団員になっていたことがあるようで、それから長い間の潜伏期間を経て、近年はテレビドラマやバラエティ番組への出演も増え、人気バイプレイヤーの一人となっているのです。

今回はそんな、『痛快TV スカッとジャパン』で演じた「イヤミ課長」ブレイクしたおかげで、イケズな役まわりが多くなった、木下ほうかさんについて探っていこうと思います。

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木下ほうかさんの生い立ち

本名:木下鳳華(きのしたほうか)
生年月日:1964年1月24日
出身地:大阪府大東市
出身高校:大阪府立野崎高等学校
出身大学:大阪芸術大学芸術学部
身長:173cm
血液型:O型
趣味:献血とバイク
職業:俳優・タレント
所属事務所:カクタス

大阪府大東市で生まれた木下ほうかさんは父親が一級建築士であり、プール付きの豪邸に住むような裕福な家庭で育っています。

小学校に上がった頃は美少年として有名だったそうで、通学途中に女子から声をかけられたり、バレンタインデーにはチョコレートを貰ったりしていたそうです。

そんなモテモテな少年期を過ごした木下ほうかさんでしたが、大阪府立野崎高校時代には、ツッパリブームの到来と共に剃り込みをいれたリーゼントで、ヤンキーになっています。

この頃からバイク好きだった木下ほうかさんは土曜日とかバイクでブンブンやっていたようで、学校へは腹巻きで登校していたらしく、さらにブレザーの裏側には鯉の刺繍があったとのことでした。

吉本新喜劇の団員となります。

1980年、16歳のときに井筒和幸監督の映画『ガキ帝国』のオーディションの新聞広告を見て応募し、合格。同作品で俳優デビューすることになった木下ほうかさんは、その後大阪芸術大学を卒業後は、俳優を目指すのではなくなんと、吉本興業大阪本社に入社し、吉本新喜劇の団員となります。

この時期の座員には、浅香あき恵未知やすえ等がいました。吉本新喜劇出演当時、先輩役者から「目立つな」と言われてしょげているところ、池乃めだかから「客が笑いウケ続ければ、やがて怒られなくなり上に上がれる」と励まされたこともあったのですが、結局は新喜劇では目立つ存在になれず、3年で退団してしまいます。

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役者を目指して上京

1989年、16歳のとき映画「ガキ帝国」で知り合い、当時漫才師としてスターであったにもかかわらず優しく接してくれ、その後もお付き合いさせてもらっていた吉本の先輩である島田紳助から「ほうか、役者をやりたいんやったら、やっぱ東京行かなあかんやろ?」との助言を受け、井筒和幸を頼って上京。

東京での下積み時代には島田紳助に、頻繁に手料理を振る舞ってもらっていたらしく、過酷なバイト下積み生活をしていた約7年間「ずっとご飯を食べさせてもらっていました」と語っておられます。

Vシネマの出演などで食いつないでいた木下ほうかさんでしたが、50歳を過ぎた2014年にチャンスが舞い込んできました。

2014年7月スタートのドラマ『昼顔』でヒロインの夫役で見せた強烈な嫌われキャラが注目され、遅咲きのブレイクを果たしました。

そして同年放送開始の『痛快TV スカッとジャパン』で演じた「イヤミ課長」がブレイク。決めゼリフの「はい論破!」は2015年の新語・流行語大賞の候補50語にノミネートされ、自身もお茶の間に広く知れ渡るところとなりました。

最近のドラマ出演作品としては、

よつば銀行 原島浩美がモノ申す!〜この女に賭けろ〜(2019年、テレビ東京)

サイン-法医学者 柚木貴志の事件-(2019年 、テレビ朝日)

Iターン 第1話(2019年、テレビ東京)

警視庁ゼロ係〜生活安全課なんでも相談室〜 SEASON4 第1話(2019年、テレビ東京)

やすらぎの刻〜道 第19週(2019年、テレビ朝日)

ミリオンジョー 第2話(2019年、テレビ東京)

アライブ がん専門医のカルテ(2020年、フジテレビ)

連続ドラマW「鉄の骨」(2020年、WOWOW)

異世界居酒屋「のぶ」(2020年、WOWOWプライム)

麒麟がくる(2020年、NHK大河ドラマ)

七人の秘書(2020年 、テレビ朝日)

などがあり、最近の映画出演作品には、

嘘八百(2018年)

さらば青春、されど青春。(2018年)

空飛ぶタイヤ(2018年)

かぞくいろ RAILWAYS わたしたちの出発(2018年)

嘘八百 京町ロワイヤル(2020年)

メビウスの悪女 赤い部屋(2020年)

事故物件 恐い間取り(2020年)

ファファーレが鳴り響く(2020年)

無頼(2020年)

大コメ騒動(2021年)

などがあります。

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骨髄提供をしたことがある。

木下ほうかさんといえば、骨髄ドナーとして骨髄提供をしたことでも知られています。

40歳のときに骨髄バンクにドナー登録をしたきっかけは、意外にも「好奇心でやり始めたこと」だと言います。

最初は“献血”ってどんなものなのかと思いやってみたら・・・(40歳まで献血に関心がなかったようです・・?)

せんべいやドーナッツをもらえるし、献血ルームの居心地がすごくよくて、休みや撮影の合間に“献血”に行くようになり、そこに『骨髄バンクのドナー登録にご協力をお願いします』というポスターが貼ってあったことで興味を持ちました。

始めは不安もあって、みて見ぬふりをしていましたがちゃんと調べたら、不安も解消されたのでドナー登録をしたようです。

なぜ提供することにしたかというと、それまで生きてきて日々暮らしてきた中で、人にキツイことを言ってしまったり、子どものころからいろいろ悪いことをしてきたことに、どこか後ろめたさがあったことが理由かもしれないとは、本人談。

木下ほうかさんにとっては、手術の痛さも時間を取られることも大したことではなく、それで誰かが、死ぬほど喜んでくれるのであればそれでいいと思っているとのことで…

すでに献体登録もしている

木下ほうかさんは、臓器提供にも興味があるそうなんですが、すでに献体登録もしているので、臓器提供ができないとおっしゃっています。

献体とは、医学・歯学の大学における解剖学の教育・研究に役立たせるため、自分の遺体を無条件・無報酬で提供することをいいます。

「自分の死後、遺体を医学・歯学の教育と研究のために役立てたい」と志した人が、生前から献体したい大学またはこれに関連した団体に名前を登録しておき、亡くなられた時、遺族あるいは関係者がその遺志にしたがって遺体を大学に提供することによって、はじめて献体が実行されることになります。

最後に一言

木下ほうかさんは、宗教観も別に無く、死んだら自分の身体はどうでもいいと思っているようで、自分自身こだわりがあるわりにどうでもいいし、神経質なわりに無神経と自己分析しています。

ただ、理屈が通らないと感じたことをおかしいと思うだけで、納得できるなら小さなこだわりも曲げられると考える方だそうです。

恥ずかしながら、わたくしも同意見でございます。

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