羽鳥慎一の生い立ち。妻は人気脚本家の渡辺千穂。福岡移住計画が・・

テレビ

元日本テレビアナウンサーで、現在フリーアナとして大活躍の羽鳥慎一さん。もちろん皆さん知っていると思いますがいかがでしょうか?

日本テレビ入社後は、「ズームイン!!」、「モーニングライブ」、「ものまねバトル」などのMCを歴任しエース級の活躍を見せていましたが、2011年3月にフリーに転身

その後も「情報満載ライブショーモーニングバード」のMCに就任するなど、順調な活躍を見せており、局アナ時代から担当していた番組「人生が変わる1分間の深イイ話」、「ぐるぐるナインティナイン」などにも引き続き出演しています。

今回はそんな、「好きな男性アナウンサーランキング」では1位に輝いた事もある人気アナウンサーの羽鳥慎一さんについて探っていこうと思います。

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羽鳥慎一さんの生い立ち

名前:羽鳥慎一(はとりしんいち)
生年月日:1971年3月24日
出身地:埼玉県上尾市
出身大学:早稲田大学政治経済学部経済学科
血液型:A型
身長:182㎝
所属事務所:テイクオフ
職業:フリーアナウンサー、テレビ番組司会者
元日本テレビアナウンサー


実家の家族構成はお父さん、お母さん、お姉さん、羽鳥慎一さんの4人家族ですが、ご両親はどちらも既に他界されています。

お母さんは羽鳥慎一さんが大学4年生だった頃に亡くなられたようで、ちょうど日本テレビに採用が決まった後だったとのこと。お母さんに自身のアナウンサー姿を見せることができなかったことを後悔しているようです。

お父さんは2013年9月に、急に亡くなられたそうで、近くに住んでいたお姉さんがたまたま数日連絡を取らなかった間に死亡したため、孤独死になったということでした。

何日か連絡が途絶え、心配になり様子を見に行って見ると、お父さんは亡くなっていたそうです。羽鳥慎一さんは、お父さんが亡くなったことにはとても無念さをにじませていました。

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羽鳥慎一さんは、小学校時代に埼玉県上尾市から神奈川県横浜市に転居されています。

出身中学校は横浜市立境木中学校で、中学時代は野球部に所属しており、ポジションはセカンドで毎日暗くなるまで白球を追いかけていたようです。

高校は、神奈川県立平沼高等学校に進学しています。同校は神奈川県では歴史のある進学校で、政財界にも多くの人材を輩出している名門校です。

中学時代から野球を続けてこられた羽鳥慎一さんは、高校でも野球部に所属し、エースとして夏の神奈川大会4回戦まで進出した実績があるほど、ピッチャーとして活躍されています。(アンダースローだったとか・・・!)

高校卒業後は1年間の浪人生活を経て早稲田大学政治経済学部経済学科に進学。

大学時代は「プロ野球に関わる仕事がしたい」という理由でアナウンサーを志すようになります。そして、日本テレビの採用試験に合格してアナウンサーの道を歩み始めることに。

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1994年4月に日本テレビに入社

プロ野球中継の実況等を経て『ズームイン!!サタデー』、『ズームイン!!SUPER』の総合司会、NNN24の朝のニュース枠『モーニングライブ』のキャスター(平日担当)、『ものまねバトル』の総合司会などを任せられるようになった羽鳥慎一さん。

名実ともに日テレの顔になっていきます。

2011年3月31日で日本テレビを退社

日テレの看板アナとして活躍していたのですが、思い切ってフリーアナウンサーに転身しました。


フリー転身表明直後には、『情報満載ライブショー モーニングバード』の総合司会に就任すると、局アナ時代から担当していた『人生が変わる1分間の深イイ話』、『ぐるぐるナインティナイン』にもフリーの立場で出演を継続しています。

共演者たちからも信頼を得ており愛称である「バード」と呼ばれ、広く愛されています。(先輩である福澤朗に「バード」と名付けられ、それが定着したと言われています)

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アナウンサー役などで映画にも出演

巌流島-GANRYUJIMA-(2003年)

ゴジラ FINAL WARS(2004年)

メゾン・ド・ヒミコ(2005年)

ALWAYS 三丁目の夕日(2005年)

ALWAYS 続・三丁目の夕日(2007年)

20世紀少年 第2章 最後の希望(2009年)

ヤッターマン(2009年)

ごくせん THE MOVIE(2009年)

カラスコライダー(2009年)

書道ガールズ!! わたしたちの甲子園(2010年)

BECK(2010年)

トリガール!(2017年)

などに、記者やアナウンサー役などで出演しています。

結婚、離婚そして再婚

羽鳥慎一さんは1996年に一般女性の栗原冬子さんと結婚し、子供も誕生しましたが、2012年5月に離婚しています。

結婚生活は元妻の冬子さんの支えもあり順調だったのですが、羽鳥慎一さんが2011年3月にフリー転身後は忙しくなってしまい、かつ元妻の冬子さんも自身の持っているアロマテラピーの資格を生かし自立していったと言います。

そのため2012年になって、羽鳥慎一さんから離婚を切り出し、5月2日に離婚が成立しました。

結婚当時、冬子さんはキャビンアテンダントをしていたのですが、馴れ初めは、日本テレビアナウンサーの最終試験でした。

その日に最終試験を受けた全員で飲み会を開催して、そこで冬子さんと意気投合し、交際をスタートさせたそうです。

冬子さんは残念ながら日本テレビには合格できず、キャビンアテンダントとなりましたが、交際は続き、2年後に結婚、その1年後に娘が誕生しています。

しかし、2012年に突然の離婚となり、世間を驚かせました。当時中学3年であった長女の親権は、元妻の冬子さんがもち、数年前に購入した都内のマンションは、羽鳥慎一さんが出ていくという形になりました。

元妻の冬子さんは、数年前からアロマテラピーインストラクターとして活動し、アロマ教室なども開いていたそうで、本も出版されるほど多忙であったのだと思われ、かたや羽鳥慎一さんも、フリーに転身したばかりで、忙しくされていたようです。

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現在の奥様は、人気脚本家

離婚から3か月後に知人が開いた食事会で出会った現在の奥様は、脚本家である渡辺千穂さん。羽鳥慎一さんは、渡辺千穂さんの才能に惚れたようです。

渡辺千穂さんは、朝ドラ「べっぴんさん」の脚本も手掛けおり、結婚後も脚本家としてのキャリアを積み続けています。羽鳥慎一さんは、2014年8月に渡辺千穂さんと結婚し、娘さんが2016年1月に誕生しています。

渡辺千穂さんは人気ドラマの脚本を多く手がけている才能あふれる才女です。

2002年のドラマ「天体観測」でデビュー、その後、「危険なアネキ」(2005年)、「パパとムスメの7日間」(2007年)、「ファースト・クラス」(2014年)、NHK朝ドラ「べっぴんさん」(2016年10月)などを手掛ける人気の脚本家です。

最後に一言

フリーアナウンサーの羽鳥慎一さんが、九州朝日放送(KBC)の月1レギュラーの新番組『羽鳥×宮本 福岡好いとぉ』で、同局の宮本啓丞アナダブルMCを担当しています。

羽鳥アナにとって、同番組がローカル初のレギュラー番組となっており、福岡は、人がいいというのと食べ物がおいしいという非常にいいイメージを持っています。と語るように、最終目標は移住するくらいの勢いで福岡に詳しくなることを目標に掲げています。

月に一度の地方は、息抜きのためにもちょうどいいんじゃないですかね!

これからもあまり無理をせず、のほほんと・・・

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